事例紹介

2015年01月01日

病院改革、最後の決め手は当事者の意思

病院名 長崎原爆病院 設立母体 公的病院
エリア 九州地方 病床数 297
病院名 長崎原爆病院
設立母体 公的病院
エリア 九州地方
病床数 297
コンサルティング期間 3年間
コンサルティング
  • ・地域医療ビジョン下の病床機能戦略

 長崎原爆病院では当初、病棟の建て替えに合わせて急性期機能を一層強化する方針を描いていましたが、地域包括ケア病棟を導入して急性期病院と慢性期病院を橋渡しする役割もカバーする方針に大きく転換しました。詳細なデータ分析を基に自病院の現実と地域医療の将来像を見つめなおした結果です。

全国屈指の病院密集地帯、急性期強化は妥当?

 同病院は1958年、原爆に被災した人たちの治療や健康管理をするために市が開設し、69年、日本赤十字社に移管されました。現在では、特に呼吸器、消化器、血液、乳腺、整形、泌尿器の治療が得意で、被爆医療を提供するだけでなく二次救急医療機関として救急患者も積極的に受け入れています。2014年度の診療報酬改定に向けた国の議論が大詰めの段階を迎えていたころ、同病院では15年11月の新病棟の着工に向けて、建て替え後の医療機能をどう整備するかが課題でした。

 そうした中で当初打ち出したのは、急性期の機能を強化して、地域医療支援病院に移行するというビジョンでした。そのためには、従来のハイケアユニット病床(8床)とは別に、特定集中治療室(ICU)を2床、新たに整備する必要があると判断しました。

 しかし、同病院がある「長崎医療圏」は全国屈指の病院密集地帯。人口当たりの病床数は一般、療養、回復期リハビリテーションのすべての病床で全国平均を上回り、過剰傾向です(2012年11月現在)。しかも地域医療支援病院が同じ医療圏内に既に2つあり、圧倒的なシェアを誇る長崎大学病院がすぐ近くにあります。「急性期機能強化」の路線を決めた後に、医療の抜本改革を盛り込んだ社会保障・税一体改革のビジョンが打ち出されたこともあって、病院幹部はICUを整備すべきか慎重に検討を重ねていました。

I C U の新設は7 対1 維持に打撃

 GHCは同病院への本格的な支援を2013年11月に開始し、急性期機能の強化戦略が妥当かどうかの検証に直ちに着手、シミュレーション結果を踏まえてICUの整備と地域医療支援病院の申請を見送るよう提案しました。

 シミュレーションでは、同病院がもし地域医療支援病院になった場合、機能評価係数Ⅰによる評価(当時)は金額ベースで年6600万円以上増えるという結果。これだけを見ると確かに魅力的なプランですが、問題は地域医療支援病院の承認要件にICUの整備が組み込まれている点です。ICUを2床運営するには常勤医師1人と共に、夜勤2人を含む看護師計14人(いずれも専任)の増員が必要です。看護師一人当たりの人件費を年550万円とするとこれだけで、6600万円の増収インパクトを上回る年7700万円の支出増になります。

 ICUの新設は、急性期病院にとってもう一つのリスクをはらんでいます。一般病棟に先駆けて重症患者を受け入れるため、一般病棟での受け入れ割合が引き下げられるのです。当時は 2014年度の診療報酬改定で、7対1算定要件の重症患者のカウント方法を厳しくする方向性が固まりつつある時期でした。この要件が厳しくなり、重症患者をまずICUで受け入れる形にしてしまうと、一般病棟での重症患者の割合が一層落ち込んで、7対1の算定を維持するのが難しくなりまます。

入院期間は短縮、稼働率は向上… 地域包括ケア病棟の妙味

 急性期機能強化の代わりに検討した戦略は、中央社会保険医療協議会が2014年度改定で新設を決めたばかりの地域包括ケア病棟の導入でした。地域医療支援病院への移行以外の方法で急性期医療を強化し、全7病棟のうち1病棟( 39床)を2014年10月、地域包括ケア病棟に移行させ、急性期病院と慢性期病院の橋渡し役も果たすというプランです。

 こうした方向性が固まり、地域包括ケア病棟を活用しだすと、一般病棟では在院日数の短縮にゆとりを持って取り組めるようになり、その上、重症患者の割合や診療報酬の単価がアップしました。地域包括ケア病棟の運用を開始してから4か月後の2015年2月の分析では、地域包括ケア病棟入院料に包括されるリハビリテーションの出来高収入を差し引いても、地域包括ケア病棟だけで年に約7500万円の増収を見込めることが分かりました。

病院改革、最後の決め手は当事者の意思

 高齢化の荒波は、長崎医療圏にも押し寄せます。この圏域の人口は2010年現在、約 54万7500人でしたが、40年にはこれが24%減少する一方、75歳以上の人口は45%、逆に増える見通しです。そのためこの地域では、慢性期医療のニーズが増えこそすれ、急性期へのニーズはむしろ頭打ちになる可能性が高いと見られます。

 GHCが地域包括ケア病棟の導入を打ち出したのには、同病院の急性期医療を守るために病棟を機能分化させた方が有利、という読みがあり、谷口英樹副院長ら幹部による「病院運営効率化委員会」が、方針転換に対する院内の理解を取り付けました。

 病院改革を成し遂げる最後の決め手は、当事者の強い意思であることを示す好例と言えるでしょう。2014年4月に就任した平野明喜院長は、荒波のようなこの環境の中で病院の将来を見据え、同病院は現在、一層の改善に取り組んでいます。