事例紹介

2016年06月13日

【病院事例】本音で語れば必ず人は動く、常に価値観の補正を―コスト削減塾2016年春(2)|松阪市民病院

病院名 松阪市民病院 設立母体 公立病院
エリア 近畿地方 病床数 328
病院名 松阪市民病院
設立母体 公立病院
エリア 近畿地方
病床数 328
コンサルティング期間 7年間
病院ダッシュボードχ
  • ・材料ベンチ

 GHCが都内で20日開催したセミナー「革新的ツールの成功事例から学ぶ、材料コスト削減塾」で、松坂市民病院の総合企画室副室長で院長補佐の堀畑利治氏が「革新的ツールの成功事例から学ぶ材料コスト(等)の削減」と題して講演しました。

 堀畑氏は、同院の経営部門の改革のため、経営戦略を総合的に企画・立案する「総合企画室」の立ち上げメンバーの一人。医師で同じ副室長の世古口務氏とともに、同院の改革を担う主戦力です。文部科学省からその手腕を認められ、8以上の大学、病院の管理部門を渡り歩いてきた堀畑氏は、講演前のGHCのインタビューに対して、常に「本音で語ること」と「時代の価値観と標準値へ自らを補正し続ける」ことで、「人を動かし、院外との交渉ごとを有利に進めることができる」と語りました。

どこかで頭でも冷やしてこい


 「どこかで頭でも冷やしてきたらどうですか」――。

 約40年前の三重大学医学部付属病院(当時の三重県立大学附属病院)。同院の購買担当をしていた若き日の堀畑氏は当時、親子ほど年の離れているある製薬メーカーの支店長に対して、こう啖呵を切りました。このメーカーから購入している薬剤が、不当に高いという確信があったためです。

 当時から医薬品、医療材料などの価格はブラックボックスに包まれたものであり、医療界にはそのことを当然のこととする風潮がありました。ただ、そのことが不思議でならなかった堀畑氏は、独自に調査をしつつ、情報網を広げ、同業者からこの製薬メーカーから購入している薬剤が他病院と比べて不当に高いという確かな情報を得ました。

 堀畑氏が医薬品や医療材料の価格がブラックボックスに包まれていることを疑問に思ったのは、公的立場にある組織の購買担当者が、高いか安いかも分からないような製品を、国民の血税を用いて購入することが、どうしても納得できなかったからです。公職に就く自らの立場、「医療」という社会保障の一端を担う病院と製薬メーカー双方の立場、そしてこうした立場にある自分たちが、本当に誇れる仕事をしているのか――。

 堀畑氏は掴んでいる確かな情報をこの製薬メーカーの支店長の前で口にすることはしませんでしたが、自らを突き動かす原動力を背景に「本音」で語りかける堀畑氏の姿には、聞き流すことのできない迫力がありました。冒頭のように啖呵を切られたこの支店長は思わず部屋を出て立ち尽くし、その場を通り過ぎた堀畑氏の上司に声をかけられると、「一本取られた」とこぼしたといいます。


信頼があれば値引き交渉で勝てる


 この出来事は当時、「粋な奴がいるらしい」と瞬く間に三重大学、同大と取り引きのある外部業者たちに知れ渡ることになりました。一部の製薬メーカー関係者からは「月夜の晩ばかりだと思うなよ」などと忌み嫌われることになりましたが、それ以上に「その後、あらゆる業者が緊張感を持って価格交渉してくるようになり、お互いが真剣勝負だと交渉はしやすいため、かなりやりやすくなった」と、堀畑氏は当時を振り返ります。

 徹底した価格交渉にこだわり抜いたのは、公的立場である病院の購入担当者は国民の代表であるという気持ちのほか、「医師がトップの病院という組織のヒエラルキーの中で認められるには、『絶対に負けない』と言える専門分野を持つほかない」との思いもあったからです。こうした信念に基づき、数千万円、億単位のコスト削減の実績を積み重ねると、その働きが三重大学を所管する文部科学省(当時は文部省)の目に止まり、山梨大学医学部附属病院、岐阜大学医学部附属病院、東北大学病院など8以上の大学、病院の管理部門で活躍することにつながっていきました。

 堀畑氏は、医薬品や医療材料の値引き交渉で重要なこととして、「真剣勝負」「競争性の担保」「適確なバックデータ」「信頼性」の4つがあると指摘します。適確なバックデータは、購入価格が適正かどうかを知り得る情報を指し、前述で当時の他病院から入手した購入価格の情報であり、GHCの製品・サービスで言うところの「材料ベンチ」がこれに当たります。堀畑氏はこうした「ツール」が交渉には必要で、不可欠なものである一方、「大前提の要素は『真剣勝負』と『競争性の担保』。その上でのツールであり、ツールがあっても真剣勝負をせず、競争性が担保されていなければ、最も重要な『信頼性』を得ることはできない」と指摘します。信頼が円滑な交渉を促し、長期に渡る適正価格を実現する一番の近道であると、堀畑氏は考えているためです。


茹で蛙になるな、鍋底に火を付けろ


 講演では、財務諸表の視点で考えた価格交渉の意味も強調しました。損益計算書では、医業収益から変動費と固定費を差し引いた経常利益が病院の実質的な利益を指します。医業収益から変動費のみを差し引いた利益を限界利益(marginal profit)と言いますが、この限界利益はマージン(margin)、つまり「利ざや」を意味するもので、限界利益の比率を高めて利ざやの幅を広げれば広げるほど、利益を出しやすい財務体質になります。同額の医業収益よりも、効率良く、最終的な利益を考えると価値あるものであると言えます。

 例えば、松坂市民病院は「材料ベンチ」を活用して上位100品目の医療消耗品の購入価格を見直し、2015年度で390万円のコスト削減を実現しました。この390万円は変動費に相当するため、390万円の限界利益の改善を意味し、「このことは医業収益で約600万円増加したのと同じ効果」と言います。コスト削減と言えどもさまざまありますが、医療材料の削減は財務上、医業収益の増加以上の価値があることであるとの認識を持って、コスト削減活動にあたってもらいたいとしました。

 また現状、コスト削減の必要性が着目される背景にある急性期病床削減の政策を巡っては、このまま時代の変化に気付かず現状のままで居続けると、「Boiled Frog Syndrome(茹で蛙症候群)に罹患する」と警鐘を鳴らしました。茹で蛙症候群は、熱湯に蛙を投げ入れれば驚いて飛び跳ね逃げ出しますが、蛙がくつろぐ水にゆっくりと火をかけて温めると、気付かず茹で上がり、死に至ることを表す言葉です。つまり、ぬるま湯の現状に満足していては手遅れになる可能性があるため、「鍋底に強力な火を付ける人が必要。そのためには、現状の正確な理解に努め、現状に満足せず、常に価値観と標準値の補正をすることが欠かせない」として講演を締めくくりました。



連載◆コスト削減塾2016年春
(1)病院改革の出発点はコスト削減、突破口開くたった3つの要点
(2)本音で語れば必ず人は動く、常に価値観の補正を