事例紹介

2009年01月30日

【病院事例】医師解雇の英断下し消防隊との関係を再構築、救急患者も増加|済生会福岡総合病院

病院名 済生会福岡総合病院 設立母体 公的病院
エリア 九州地方 病床数 380
病院名 済生会福岡総合病院
設立母体 公的病院
エリア 九州地方
病床数 380
コンサルティング期間 11年間

問題点(コンサルティングの経緯)

 済生会福岡総合病院のコンサルティングにGHCが関わったのは、病院がDPCを導入して2年が過ぎようとしていた頃でした。運用に慣れてきたところで、さらにDPCを活用していきたいというのが、岡留健一郎院長(当時)の要望。改善の柱は3つ。医療の標準化、手術室の運用改善、そして、救急医療に対する問題の可視化、です。

 最初の2つについては、他のケースでまとめているので、ここでは特に3つめの救急医療について、小牧市民病院の取り組みとは別の視点で紹介していきましょう。

 済生会福岡総合病院は、福岡県のJR博多駅から車で3分、地下鉄の天神南駅から徒歩1分という福岡県の中心地にある総合病院。周囲にはデパート、オフィスビル、ビジネスホテルなどが林立しており、非常に活気あふれるエリアです。

「福岡・糸島医療圏」は救急医療の大激戦区

 済生会福岡総合病院は、SCU(脳卒中集中治療室)などの最先端設備を整えた福岡地区第3次救命救急センターを持ち、屋上にヘリポートも備え、離島からの救急患者受け入れにも対応しています。3次救命(救急)というのは、救急患者の重症度を表す言葉です。高熱や切り傷など自宅では処置できない症状に対応するのが1次救急、入院や手術が必要とされる症状に対応するのが2次救急、生命の危険がある重傷・重篤患者に対応するのが3次救急となっています。

 したがって、済生会福岡総合病院は、最高クラスの設備・人員・技術をそろえた救 急病院という性格をもっているわけです。

 当然、病院の存在意義としても、経営上の要素としても、救急患者をなるべくたくさん受け入れることが常に目標とされています。それだけ専門性の高いスペシャリストの雇用や高額医療機器導入など設備投資をしているわけですから、利用されなければ、地域医療を守る上で求められている役割を担うことができないし、病院としても経営が苦しくなってしまうからです。

 特に、「2次医療圏内でどれだけたくさんの救急患者を受け入れることができるか」は、急性期病院(超急性期病院)の使命・経営の両側面で重要です。済生会福岡総合病院は、3次救急まで対応している点では頭一つ抜き出ているものの、圧倒的に人数が多いのは2次救急ですから、いかにその患者を多く受け入れて入院につなげることができるかが、“勝負”のポイントです。

 しかし、済生会福岡総合病院が含まれる2次医療圏(福岡・糸島医療圏)には、DPCに参加していてベッドが300床以上ある急性期病院が、12病院もあります。言葉は悪いですが、〝ライバル〞が多く、救急医療の患者を取り合う大激戦区だったのです。

救急患者が減っている!

 岡留院長の悩みは、この救急患者の受け入れ数が徐々に減ってきていたことでした。2007年8~10月の救急入院が975件であるのに対し、2008年8~10月は953件。1か月で7~8件の受け入れが減っている計算です。全体の入院症例数に対する比率も、この2つの期間内で、46.9%から44.3%と、2.6ポイント減少。症例数全体は、2078件から2152件と、74件も増えているのに、です。

 済生会福岡総合病院は、交通至便で地の利に優れ、設備もマンパワーも申し分ないはずなのに、なぜでしょう。院長にも原因がわかりませんでした。

 病院内の体制に問題がないなら、外部との接点はどうだろうということで、GHCの提案を受け、福岡消防署の消防隊員に対して匿名の満足度調査を行うことにしました。救急患者の受け入れは、地域の消防局との連携プレー。一緒に仕事をする相手として、済生会福岡総合病院はやりやすい病院かどうかをアンケートで可視化することにしたのです。

 1980年に救命救急センターを開設して約30年。このような試みは今回が初めてでした。

医師の対応に問題あり!

 対象者約300人に対して、回答率が90.1%。これだけでも消防隊員の方々が、急性期病院に対して言いたいことがたくさんあるんだ、ということの証といえるでしょう。結果のとりまとめにも苦労しました。

 アンケートでは、満足度の調査を「搬送前の対応」「搬送後の対応」「教育体制」の3本柱で行い、他の救急センターとの違いや要望を自由回答で記入してもらいました。

 救急患者をできるだけ助けたい。院長のそんな志とは裏腹に、結果は驚くべき 内容でした。

 まず、満足度の調査でわかったことは、搬送前、ホットラインによる医師の対応への満足度が低いこと。救命救急センターは、消防署から救急ホットラインで患者受け入れ要請を受けますが、その際、救急医がいろいろな情報を聞いて、患者を受ける/受けないの返事をしたり、搬送中の処置を指示したりするわけです。

 満足度は「満足」から「不満足」までの5段階で評価を受けましたが、ホットラインによる医師対応の平均は3.4。自治体病院などでこのアンケートを行うと限りなく4に近い数字が出るのが普通ですから、低い評価と言わざるを得ません。

 それから、患者を搬送してきた救急隊への医師の対応も3.5。これも3.6以上が普通なので、よい結果ではありません。

 一方、患者への医師の対応や救急隊員に対する看護師の対応はまずまずで、それぞれ、3.7、3.6という平均的な数字が出ました。

 全体的には、平均から0.1~0.6ポイント程度、救急隊員への医師の対応に対する満足度が低い。救急隊員に「あの病院は対応の悪い医師がいるので、救急患者を回したくない」という気持ちがあるのではないか、ということがみえてきたのです。

地元の救急隊から嫌われていた!

 特に愕然の結果は、博多区内の消防隊からの評価が最低だったことです。

 博多区は、済生会福岡総合病院のまさにお膝元のエリア。地区別に医師のホットラインへの対応満足度を平均化すると、他の地域では、3.5から最高3.9と、総合平均の3.4よりも高い数値が出たのに対し、博多区はなんと最低の2.7。他の地区と満足度に1以上開きがあることも問題ですが、地元の消防隊員は、済生会福岡総合病院に対し、「どちらかというと不満」という感情を持っていることがわかったのです。

 済生会福岡総合病院で救急患者が減っている原因は、地元の救急隊からの評判がよくないことが一因だったのです。

本当にあったこんな回答

 他の病院との比較や済生会福岡総合病院に対する自由回答も、院長には衝撃的だったと思います。差し支えのないように一部表現を調整していますが、そのいくつかをご紹介しましょう。

 「全ての方ではありませんが、対応が威圧的だと感じることが多々あります。必要なことを短時間で聴取したいという考えなのでしょうが、こちら側の話を途中で遮られたり、喧嘩腰になったりする方もおられるように感じます」

 「担当医師によっては、気分にムラがあり、電話対応が非常に悪いときがある。また、他の病院と比較し、受け入れ可否に時間を要する」

 「オーバートリアージ(重症判断を甘くすること)または、患者希望で電話するときはすごく嫌味を言われた記憶があります。なかには、すごく親切丁寧に対応される先生もたくさんおられますが」

 「搬送依頼の連絡の際に伝えた方がいいと思われる情報を伝えたときに、必要なしと一蹴されることがある。家族が搬送希望される場合の搬送依頼は、受け入れ拒否をしてもらってもいいのですが、やさしい対応をしてもらいたい」

 「済生会がよいと思って搬送依頼の電話をすると、医師によっては症状が軽そうな事案に「本当にうちですか?」といわれる。できる限り、トリアージをしているので、よろしくお願いします。救急隊には、診断できないので多少のオーバートリアージは了承してほしいと感じました」

 「救急隊員は、医師の部下ではない。物の言い方と言葉使いに注意してほしい」

 実際の回答は、それこそ堰を切ったように不平・不満・要望がいっぱいで、記入欄にあふれるほど書き連ねてあったり、医師への不満も名指しで書いてありました。もちろんよい評価の回答もたくさんありましたが。

カイゼン効果:解雇の英断を下し、消防隊と関係を再構築

 岡留院長はこの結果を真摯に受け止め、救命救急センターのスタッフ全員と面接をしました。そして、この医師不足の中、勇気をもって3人を解雇する決断を下したのです。

 その3人は、消防隊から特に評判の悪かった医師で、救急隊員の労をねぎらうことはおろか、ときには人格を否定するような暴言を浴びせていたのです。患者が「あの病院で治療を受けたい」と希望したから運んできたことだってあったのに、そのときの救急隊員の心痛はいかばかりだったでしょうか。

 岡留院長は、このアンケート結果を基にした取り組みを消防署にも報告し、関係を一から築き直すことにしました。救急患者の受け入れ体制の改善や対応の悪い医師への英断という病院側の〝本気〞は消防署からも高い評価を受け、結果、救急入院患者数は2008年8~10月の953件に対して、2009年1月から3月までで974件と21件増やすことができました。これにより、救急入院による収益は、前述期間比で9・5%アップ。その後、間をおくことなく3人の人員補充がなされ福岡・糸島2次医療圏の救急医療を担う新体制づくりにも成功しています。

 救急隊員と医師の間での共通理解が深まったうえ、同僚が解雇される過程を目のあたりにした医師の側には「医師も態度に気をつけなければならない」という気持ちが芽生えたようです。

「1次、2次救急も大切」の意識を共有

 副次的効果として、医師の間に「1次、2次救急の受け入れも大切」という理解も浸透しました。3次救急に対応する済生会福岡総合病院では、それまで「ここは3次救急なんだから、軽症なら他をあたって」という雰囲気が少なからずありました。誤解を恐れずに言えば選民意識のようなもので、一刻を争うほどではない軽症の患者は診る必要はない、とスタッフに思われていたのです。

 しかし、岡留院長の方針はそうではありません。病院の使命を考えれば、今困っている救急患者はどんな状態でもできるだけ助けるべきだろう、と。

 今回の実態調査アンケートを通して、院長の「救急医療をよくしたい」という気持ちが現場の隅々まで伝わりました。そして、救急救命センターの対応は全体的に向上したのです。電話を受けたらまず氏名を名乗るなど、基本的なことからの改善ですが、一歩踏み出したことの意義は計り知れません。

 同じ人間として地域に貢献したい。そんな思いを救急隊員と分かち合い、救急患者を気持ちよく受け入れる、地域が頼れて安心できる病院へとさらに成長するスタートを切ることができたのです。