病院経営コラム

2023年02月16日

現場に寄り添う姿勢が「最善の案」へ導く【聖隷浜松病院・望月卓馬さん】

知られざる病院経営の裏舞台にスポットを当てる本企画「Story」。今回は、聖隷浜松病院(静岡県浜松市、病床数750床)で経営企画室室長を務める望月卓馬さん。

スペース拡充で「アイセンター」新設

聖隷浜松病院は2023年7月、本館のすぐ横にある旧建屋を解体し、地上4階地下1階の「新S棟」が竣工。「アイセンター」を開設します。「アイ」は眼科の「eye」にちなんでおり、今後は眼科と眼形成眼窩外科診療を同センターで行います。3つの手術室も併設されます。

診療スペース拡充とパンデミック対策のため新設される「新S棟」(資料出所:聖隷浜松病院)
診療スペース拡充とパンデミック対策のため新設される「新S棟」(資料出所:聖隷浜松病院

これにより、同院の課題の一つだった「スペース」の問題が解消される見通しです。眼科と眼形成眼窩外科の外来と手術がアイセンターに移行することで、同院全体としての外来エリアと手術室の枠が広まります。同じく課題だった駐車場(アイセンターの地上1階と地下1階に新設)のスペースも拡大します。

また、新型コロナウイルスなどパンデミック時には、新S棟を隔離病棟として活用することも視野に入れています。

望月さん(写真)は、アイセンター本格稼働に向けて、次のように話します。

「アイセンターの本格稼働までは辛抱の時期。それまでは限りある資源とスペースをいかに活用できるかが鍵となります。時間や曜日の変更、運用や体制を見直すこと、さらに職員の思考を変えていく必要があります」

ある日のスケジュール

改善提案に必要な「4つの意識」

国内はもちろん、海外からも評価される日本を代表するブランド病院の聖隷浜松病院。同院は今、徹底的な効率化が求められています。働き方改革の実現に向けた限られた時間枠、限りある診療スペースの中で、増加する高度専門治療(手術・カテ・内視鏡・化学療法)を数多くこなしていかなければならないためです。

徹底的な効率化に欠かせないのは、データに基づいた改善提案。例えば、手術室の稼働率を高めるためにはまず、手術室の稼働状況を見える化します。時間内に目一杯稼働することが理想ですが、稼働開始時間に手術が始まっていなかったり、時間外にずれ込んで手術をしていたり、手術と手術の間の時間が長かったりなど、手術室ごとの課題が見えてきます。

高度急性期病院にとって手術室の稼働率を高めることは大きな課題の一つ(資料出所:聖隷浜松病院)
高度急性期病院にとって手術室の稼働率を高めることは大きな課題の一つ(資料出所:聖隷浜松病院

こうした課題を解決するには、手術室の時間内に無駄なく手術の予定を入れる「予定手術のコントロール」や、診療科の垣根を超えて手術室をゆずりあう手術実施体制などが必要です。ただ、それらを推進するためには、今までの昼夜問わずの手術室へのフリーアクセス状態、麻酔科医の負担、働き方改革の推進、各診療科の手術枠・手術室の「既得権」――などのハードルがあります。これらハードルを乗り越えて予定手術をコントロールしたり、手術実施体制を見直したりするには、部署間の連携を促す改善提案が欠かせないのです。

望月さんは、改善提案をする上で必要なことは「4つの意識」と説明します。

「経営企画室は非常に多くのデータを扱う部署なので、数字を出すだけでは単なる数字遊びであるということが1つ。
 次に、自分が今考え得る最善の提案に必要なデータかということです。大切なことはデータの価値ではなく、提案の価値なので。
 続いてパッと見て相手が分かりやすい指標や分析になっているか。データ分析の過程で色々な情報が出てきて、分析者はより多くの情報を見せたくなりますが、それらを整理し、初見の相手がすぐに理解できなければ、せっかく苦労して得た情報が伝わりません。
 そして最後の意識が、現場に寄り添う姿勢です。
 このことをいつもスタッフに、そして何より自分に言い聞かせるため、折に触れて口にしています」

現場を一緒に見て、ホワイトボードを使ってともに考えることが多い(資料出所:聖隷浜松病院)
現場を一緒に見て、ホワイトボードを使ってともに考えることが多い(資料出所:聖隷浜松病院

特に、最後の「現場に寄り添う姿勢」は、望月さんが大切にしている経験に基づいています。

医療従事者という強み

望月さんは、放射線技師として新卒で聖隷浜松病院に入職。医療従事者として10年半勤務した後、2016年から経営企画室に異動しました。CTやMRIなど高額医療機器の購入に必要なプレゼンテーションなどを通じて、自分たちの考えを伝える「提案」に興味が湧いてきたためです。

放射線技師として活躍した入職当時の望月氏(写真提供:望月氏)
放射線技師として活躍した入職当時の望月氏(写真提供:望月氏)

ただ、異動してからの最初の1年間について、望月さんは「本当に苦労した」と振り返ります。

医療現場の仕事は、基本的に目の前に患者がいて、症状や性格に千差万別あるものの、検査したり治療したりと、仕事の内容に大きな違いはありません。ただ、経営企画の仕事はその時々の経営課題について、過去にやったこともあれば、全くやったことのないことまで含めて、その時の判断で対応していきます。今まで黙っていてもルーティンワークがあった時と比べて、課題に対して自分のやり方を探す、そもそもの課題を見つけるという仕事の仕方に、なかなか馴染めませんでした。

自分は誰の役にも立っていないのではないか。まだ放射線技師の方が、病院や患者の役に立つのではないか――。

長いトンネルの出口が見え始めたのは、平均在院日数を超えて入院する「DPC期間II超え」の患者を分析したときのことです。これまでの現場経験から、このような長期入院患者が医療の質としても良くないことは、分かっていました。ただ、何が原因で、なぜそうなってしまうのか、ではどうすればいいのか全く分かりませんでした。

2019年の「第68回日本病院学会」で優秀演題賞を受賞したほか、数多くの学会発表、講演、執筆実績がある(右から3番目が望月氏、写真出所:聖隷浜松病院)
2019年の「第68回日本病院学会」で優秀演題賞を受賞したほか、数多くの学会発表、講演、執筆実績がある(右から3番目が望月氏、写真出所:聖隷浜松病院

そこでDPC期間II超の患者のカルテを一つひとつ見て、どこに課題あるのかを探り、そこから見えてきた疑問点を医師や看護師に聞いたり、現場で何に困っているのかを、徹底的にヒアリングしていきました。データと現場を行き来し、現場がやりやすい運用、患者にとって良い医療、経営の視点でも好ましい方向性を、自らが考え得る「最善の案」を、じっくりと考え、探っていきました。

「当時は仕事も見つけられず時間もありましたから(笑)ただ、自身が経営企画の事務に異動しても、現場に相談しやすい医療従事者という強みは生かせます。このことがきっかけで、事務としての自信にもつながってきたと思っています」(望月さん)

信念は「やり抜く力×姿勢」

この経験は、望月さんの経営企画の事務職としての信念を決定付けることにもなりました。

一つは、▽あきらめない▽やり続ける▽何度でも――をキーワードにした「やり抜く力」。そしてもう一つは、▽ていねいに▽自分らしく▽泥臭く――を軸にした現場に寄り添う上での「姿勢」です。

県外に出ることで改めて聖隷浜松病院(写真中央)の素晴らしさを知った(写真提供:聖隷浜松病院)
県外に出ることで改めて聖隷浜松病院(写真中央)の素晴らしさを知った(写真提供:聖隷浜松病院

望月さんの信念を支えているものは何でしょうか。

「やはり、聖隷浜松病院が好きなんです。出身は浜松ですが、大学進学で県外に出てから、新聞や知人を通じて当院の話を聞くたびに、『先を行く医療をしている病院なんだな』と、改めて当院の素晴らしさを知り、強く入職を決意したんです。聖隷福祉事業団は医療の他にも保健、介護、福祉サービスを展開しており、やがてはそれら事業の多くにたずさわり、自分を育ててくれた浜松に貢献したいというのが、私の願いです」