事例紹介

2010年01月01日

【病院事例】オペレーション改善で手術件数2550件から4000件に|相澤病院

病院名 社会医療法人財団 慈泉会 相澤病院 設立母体 民間病院
エリア 甲信・北陸地方 病床数 460
病院名 社会医療法人財団 慈泉会 相澤病院
設立母体 民間病院
エリア 甲信・北陸地方
病床数 460
コンサルティング期間 2013年~
コンサルティング
  • ・手術室効率性カイゼン

 急性期病院の心臓部分とも言える手術室の運用に関する改善の事例について紹介しましょう。

 手術は包括制度の環境下においても出来高の診療報酬を得られる部分であるため、DPCを適用した急性期病院としては、なるべく効率的に数多くこなしていくことが経営上必要です。もちろん、このような経営努力は、それだけ多くの患者を治していくことにつながるわけですから、急性期病院としての社会的意義に沿ったものともいえます。

 米国GHCの時代に相澤病院にコンサルティング支援を行うことになった2001年、大きな課題として求められていたのが、この手術室の適正かつ効率的な運用でした。

 相澤病院は、1908年(明治41年)、松本市内に相澤医院として開院し、2008年に100周年を迎えた歴史のある病院です。同年12月には社会医療法人の認定も受けました。相澤病院は、DPC導入にあたっての積極的な改善への取り組みなどでテレビや雑誌といったメディアでも取りあげられることが多いので、読者の中にはご存じの方も多いかもしれません。

権力の一極集中を避ける体制

 相澤病院は院長の下には副院長というポストが存在せず、各部門から選出された10人の院長補佐が院長を支えるというユニークな体制をとっています。そのため、組織の階層が少ないのが特徴です。

 このおかげで、現場のスタッフにも「自分達の意見が上まで届く」という実感があるのでしょう、院内カルチャーとして職員全員の改善意欲が高いように思います。常に「何か改善できるところはないか」という意識で仕事をすることが自戒にもつながるのか、心を込めて患者をケアするといった〝接客〞の部分などにも、プロ意識を感じます。

 特にDPCの運用にあたっては、診療情報管理課がリーダーシップを発揮している点も注目です。病院によっては、診療情報管理課は医事課の下位組織として位置づけられてしまう場合があり、そのような組織では権限が弱く充分に機能しにくいことが多いのですが、相澤病院の診療情報管理課は独立部門として機能しています。この部門では、DPCデータや経営データから自病院と他病院を客観的に比較分析し、その結果をばんばんと各診療科やコメディカル部門に提示して改善を促す、という非常に重要な役割を果たしています。

 471床(コンサルティング当時)という病床規模で理学療法士75人(同)、作業療法士38人(同)、言語聴覚士19人と、病床数の割にリハビリテーションの部門が充実している点も特徴的です。特に脳神経疾患では、充実したリハビリテーションをいかに早期に始められるかが予後を左右するといわれています。同院ではスタッフを厚く配置し、早期からのリハビリテーションの介入を実現しています。

 DPCを賢く運用しながら医療の質を担保する、という病院のあり方として、相澤病院の取り組みには、ヒントが満載です。

救急患者は絶対に断らない

 少し脱線してしまいましたが、本題に戻りましょう。

 相澤病院は、創立以来、救急医療の質的向上に常に励んできた病院。「救急患者は絶対に断らない」は、当代の相澤院長の信条です。

 しかし、それを標榜するには、病院に相応の実力が求められることは言うまでもありません。一刻を争う命の現場です。お題目のように唱えていれば実現できるような、甘いポリシーではありません。

 一人でも多くの救急患者を救うには、具体的に「手術室を無駄なく利用する」という効率性の向上が不可欠。特に入院患者の予定手術をなるべく効率的に進めておくことは、いついかなるときでも緊急手術に対応できるようにするために重要です。もちろん、入院日数を無駄に長引かせない、救急患者のために必要な診療科間で協力して必要なベッドを空けるなどのベッドコントロールの向上も欠かせません(関連ケース『適正な病床機能の運営(ベッドコントロール)』)。

朝の手術室はガラガラ

 手術室を効率的に使うことを考えた際、まず初めに問題になるのが、朝からの稼働状況です。手術室の利用状況を曜日別、部屋別、診療科ごとなどに分析し、これを可視化するのです。

 細かい分析は省略しますが、相澤病院の場合、当時は7つだった手術台の午前9時からの使用数は1台未満。朝一番では手術室はほとんど空っぽ、という状況だったのです。

 ではこのとき外科医は何をしているかというと、たいていは外来患者の応対です。もちろん重要ですが、薬を出せば済むような患者も多いし、診療報酬の点から見れば、出来高とはいえ点数が低いので、数千円の単価にしかなりません。手術が専門技能であるはずの外科医の体力をこのような形で消耗させるのは、決して賢明とはいえないでしょう。

 手術室に勤務する看護師も当然、朝から出勤しています。では外科医が診察している間、何をしているかというと、掃除や器械の準備など、必ずしも看護師の資格を必要としない業務を行っているケースも多々みられました。

 午前中の外来が終われば、午後からは手術ですから、稼働率はぐっとあがります。この手術が長引いたり、予定外の緊急手術が入れば、たちまち終業時間を過ぎていってしまいます。18時を過ぎても、19時を過ぎても予定された手術が続いている、ということは、相澤病院でもしばしばありました。結果、医師も看護師も疲弊しますし、残業により人件費もかかります。急性期病院では、手術による診療報酬は入院での収入の3割近くを占めますが、定時を過ぎたからといって、患者に残業代を上乗せして請求することはもちろんできません。当然、病院側の持ち出しのコストになってしまいます。

 手術室の稼働率を数値化するだけでも、このようにいろいろと問題点がみえてきました。

 朝からの稼働率をあげ、さらに日ごとの稼働のばらつきをできるだけ減らすこと。なるべく手術室スタッフが残業せずに帰れるように、予定手術を17時までには終わらせること。院内では、このような改善目標の共有が図られました。

 ちなみに、手術室のベンチマーク分析は、DPC制度が始まるはるか以前からGHCが行っていた分野です。DPCが開始される前、病院ごとの診療記録の付け方は、独自フォーマットに依存しているものが多く、加工に大きな手間を要しました。当時、病院間で横断的にデータを収集して比較できるほとんど唯一の資料が、日々の手術室の利用状況が記録された手術台帳でした。これを収集してベンチマーク分析を行うことから、GHCは医療現場の改善サポートを始めたのです。

カイゼン効果:午前中の稼働率が大幅にアップ

 なぜ、午前中から手術を始められないのか。

 これは、病院全体の仕事の仕方に関係する根本的な問題です。そしてその改善に必要な作業は、おもに「調整」です。

 外来の医師のシフトを調整する、つまり外来枠(たとえば月曜日午前の1診は外科のA先生と決まっている外来スケジュール)を午前に手術ができるように組み替える、といったことです。これは今までの慣習を崩すことになるので、簡単な様で、医師の協力という点では実はなかなか難しいのです。

 その他、病棟の受け入れ体制を調整する、患者の移動をスムーズに行う、医師の手術室への到着が遅れないようにする(執刀医は患者の入室にオンタイムで手術室に入るのが理想ですが、これに遅れるとそのまま手術が長引く原因になります)など。

 これら手術室の改善では、医師以外にも看護師の業務を効率的にしていくことが、大きなウェイトを占めています。

 たとえば、ターンアラウンドタイム(手術と手術の間の患者の入れ替え時間)はできるだけ短いのが理想です。この間の主な作業は、終わった手術の片付けと次の手術の準備ですが、病院によって同じ手術でもこれが15分のところもあれば、50分のところもある。どんな手術の入れ替えかにもよりますが、通常のケースで60分を超えるのが常態化している場合は、改善の余地あり、といえると思います(ちなみにアメリカではターンアラウンドタイムは30分以内が目安です)。

 相澤病院では、2年間でターンアラウンドタイムが大きく改善しました。以前は60分を超える手術が6割以上だったのに対し、改善後は4割ほどになりました。

 その他、看護師業務の大幅な見直しを行い、手術室の清掃、手術器具の洗浄や滅菌といった間接業務は看護師資格を持たない「看護助手」に委譲することで、看護師がより多くの時間、手術介助に付くことができるようになりました。

 また、病棟と連携して患者の搬送・搬出をオンタイムに行っていく、手術室入り口での患者混雑を避けるため入り口ではなく手術室の中で病棟からの申し送りを行う、2件目以降の手術をオンコール(手術の終了間際に執刀医や他のスタッフに次の手術開始の連絡をすること)にするなど、手術室の外との業務連携を改善していくことも、効率化を進めるうえで重要でした。

 さらに、「調整」には、地域の医療機関から患者を引き受ける際のタイムスケジュールなども関係してきます。手術室や病院の枠を越え、地域全体とのやりとりも必要になってくるのです。

 手術室は急性期病院の心臓部ともいえ、各診療科の主張が入り乱れる場所です。

 「開始時刻が遅れた」「申告時刻よりも時間がかかった」といった、医療行為そのものに関わらない問題でも、その原因をみつけようとすると、麻酔医、執刀医、看護師などがそれぞれの立場からそれぞれの主張をするため、なかなか問題の整理が進みません。これを調整し、一丸となって効率アップを考えていかなければならないわけですが、院内の人間がリーダーシップをとるのは立場もあって難しいので、第三者が介入した方がスムーズにいく場合が多いのです。幸い相澤病院では、このような手術の進行に関する問題点を共有して、スタッフ同士で定期的に話し合う場が設けられ、外部からのコンサルティングに対しても、ほとんど抵抗なく向き合うことができたようです。

 さて、4年間の改善の結果(図4‒06)ですが、手術室効率化の取り組みで手術件数が年間2550件から3350件と800件も増加し、朝一番(9時)からの手術室の稼働は、平均3台以上と大きく向上しました。お昼頃の稼働率の落ち込みも減り、全体として、9~17時までにこなせる手術数も大幅にあがりました。ここ2年間でも月平均件数が15件ほど増え続け、2008年には手術件数は4000件を超えました。一つの手術室が同じ時間にこなせる手術件数が増え、時間単価があがっているため、病院収益の増加に大きく貢献しています。

 手術室看護師に改善前後の平均帰宅時間を聞いてみたことがあるのですが、返ってきた答えが象徴的でした。前は20時前に帰れる日はほとんどなかったのに、今は17時台にはほぼ帰れています、と。