病院経営コラム

2020年12月29日

「未来を変える」ことこそが、データ本来の価値―慶應義塾大学医学部・宮田裕章教授(上)【識者が語る「医療崩壊の真実」(1)】|渡辺 さちこ


新型コロナウイルス感染症の拡大で、「医療崩壊」の危機が叫ばれている。日本の医療は本当に崩壊するのだろうか。真に取るべき対策とは何か――。識者たちにインタビューする企画の初回は、LINEやGoogleと連携した独自のコロナ対策を模索してきた慶應義塾大学医学部・宮田裕章教授。宮田氏(写真)は、未来を変えることこそが、データの本来の価値であると指摘する(聞き手はグローバルヘルスコンサルティング・ジャパン社長の渡辺さちこ ※本記事はテキスト記事と動画の両方を掲載※)。


感染対策と経済を両立するデータ

――直近のコロナ関連のご活動内容から教えて下さい。

これまでの感染症対策の軸は、感染症の発生状況に応じた「封じ込め」や、重症患者に対応する急性期医療の提供です。これらが軸であることは今後も変わりませんが、新型コロナウイルスのような市中感染に及ぶようなケースにおいては、ビッグデータやITを駆使したサポートも必要になると考えていました。具体的な活動としては、国内外のLINEGoogleAmazonのようなIT企業と組んだ取り組みです。

宮田教授

例えば、LINEとは厚生労働省とも組み、症状ベースでコロナの「実態」を把握することを目的とした大規模アンケート調査を5回実施しました(LINEの国内利用者は8300万人で、国内では国勢調査に次ぐ歴代2位の規模)。当初から「3密」の回避が重要とされていたわけですが、この調査で「飲食から感染が始まっている」など、コロナ対策を行う上でのより具体的な実態が、データで明らかになってきました。

LINE×厚生労働省による「新型コロナ対策のための全国調査」

こうしたデータを活用することで、ポイントを押さえて正しくコロナと向き合いながら対策を考えるという道筋が見えてきます。視点が感染対策だけだと経済が厳しくなってしまいますが、こうしたデータをベースに議論することで、医療と経済を両立させるためのより具体的な対策を検討することにもつながります。

データで未来を変える

Googleとは、同社が提供するコロナ感染拡大を予測する「COVID-19 感染予測 (日本版)」を監修するなどの連携を行っています。これは過去1か月分の国内の感染者データや人の移動データなどをAIが解析し、各地の今後28日の感染拡大状況を予測するものです。日本は米国に次ぐ2番目となる11月17日にサービスを公開しましたが「未来を共有することで、現実を変えるため」の一助として少しでもお役に立つことができればと考えています。

このサービスで見るべきポイントは、「予言」のように予測の精度に着目するのではなく、好ましくない未来がデータで予測されていたのなら、そうならないような取り組みをしっかりと行うということです。

この1か月で未来をポジティブに変化させることができたのが北海道です。道の思い切った「封じ込め」や道民一人ひとりの努力により、北海道は感染者の激増を抑えて、減少に転じました。大阪も同様に強い対策を打ち出したことで、12月末現在で良い意味でGoogleの予測を裏切り、減少傾向になっています。

現在、東京都は年明けの1月1日、1日のコロナ陽性者数が1000人を超えて、そのまま伸び続けて1500人を突破する予測になっています(写真参照)。しっかりとデータで先を見据えて、この未来を変えるための手立てを、先手先手で打ち出していくことが必要だと考えています。

COVID-19 感染予測 (日本版)」による東京都の感染予測データ(12月26日現在)

ここで申し添えしたいのが、「打ち手」というと、飲食や旅行分野がターゲットになり、その負担が一部の業界に偏り、その業界はかなり厳しい状況であるということです。国や行政の重要な役割の1つとしては、市場だけでは上手くバランスを調整することができない状況に対応することです。こういった場面においては飲食や旅行分野を始めとする困難に直面する事業者を「Go toキャンペーン」以外のアプローチでも、支える仕組み作りも重要です。新型コロナウイルスにおいては、こうした経済的な側面も含めた対応も、感染症対策として認識して対応する必要があります。

例えば「Go toキャンペーン」を実施した数か月のデータが蓄積されているはずです。こうしたデータを活用することで、国や行政は一律に補助金を出す以外の施策も検討できるのではないでしょうか。例えば、実績に応じて補助金にも勾配をつけるなどの手法も可能性としては考えられます。

コロナ前からの課題が露呈

――第3波の現在、連日の「医療崩壊」「病床逼迫」との報道についてはどう感じられますか。どうしてこのような状況になっているのでしょうか。

医療の機能分化と連携の課題が、コロナによって明確に表れたと感じています。

医療は公的資金が投入されているものの、そのプロバイダーの8割が民間病院です。民間であれば、国や行政の思惑と異なり、コロナと距離を取る判断をすることも当然あり得るでしょう。公立・公的病院含めて、コロナ患者を受け入れることで大変なご苦労をされている病院もあります。ただ、この苦労の負荷があまりにも偏りすぎているのではないでしょうか。日本の医療資源をもっとうまく連携させることができれば、医療現場の負荷はもっと緩和できるはずです。

インタビューする渡辺

新型コロナ感染拡大が過去最高を更新し続け、病床逼迫が指摘される一方、欧米と比べて桁違いに感染者数が少なく、桁違いに急性期病床が多い日本でなぜ病床逼迫なのか――。その疑問に切り込んだ著者の新刊『医療崩壊の真実』(エムディエヌコーポレーション刊)

この機能分化と連携の課題は、日本の急性期医療において、コロナ以前から指摘されていたことです。治療成績を上げるためには、一定の手術数が必要です。例えば、心臓外科手術の領域においては、韓国では国内約7施設に集約されています。一方、日本は国内に600近くの当該施設があります。だからと言って、闇雲に病院を減らすべきだと言いたいのではなく、機能分業が欠かせないという議論が必要と考えています。

この議論は、地域全体で医療が必要な人たちをどう支えていくべきかという議論であり、具体的には「地域医療構想」の名の下、進められてきました。向かうべき方向性と考え方は正しいと思うのですが、それを実現させるための調整が困難を極めています。そしてその状況は、今でも続いています。この状況が、コロナで改めて浮き彫りになりました。

コロナ患者を受け入れるリスクが高すぎることも問題です。これも国と行政が迅速かつ適切に調整し、受け入れを検討する民間が増える仕組み作りを検討すべきでしょう。

現状、このコロナ禍は、ワクチンが行き渡れば終わりというシンプルなシナリオはなさそうです。だからこそ、強靭でしなやかな今後の医療における機能分化や連携を実現するためにも、データでしっかりと現状を確認し、国や行政を含めた関係者たちが未来を変えるための努力を、引き続き行っていただけることを願っています。このことは、コロナだけではなく、急性期医療すべてにおいて言えることです。

連載◆識者が語る「医療崩壊の真実」(1)―慶應義塾大学医学部・宮田裕章教授
(上)「未来を変える」ことこそが、データ本来の価値
(下)「医療の定義」が変化、テックジャイアントの驚異に備えよ

渡辺 幸子(わたなべ・さちこ)

株式会社グローバルヘルスコンサルティング・ジャパンの代表取締役社長。慶應義塾大学経済学部卒業。米国ミシガン大学で医療経営学、応用経済学の修士号を取得。帰国後、ジョンソン・エンド・ジョンソン株式会社コンサルティング事業部などを経て、2003年より米国グローバルヘルスコンサルティングのパートナーに就任。2004年3月、グローバルヘルスコンサルティング・ジャパン設立。これまで、全国800病院以上の経営指標となるデータの分析を行っている。近著に『医療崩壊の真実』(エムディーエムコーポレーション)など。