事例紹介

2025年11月26日

「20億円削減」「町民参加型」で未来につながる介護サービスを再構築、北海道中川郡本別町・佐々木町長インタビュー

病院名 北海道中川郡本別町 設立母体 その他
エリア 北海道地方 病床数
病院名 北海道中川郡本別町
設立母体 その他
エリア 北海道地方
病床数
コンサルティング期間
Hospital Management - Consulting Services

 地域の要介護者数や介護保険サービスの利用意向を踏まえて、サービスの見込み量やそれを確保するための方策を定める「介護保険事業計画」。その第9次計画(2024~2026年)において、北海道中川郡本別町(町長・佐々木基裕)が「中長期的な介護サービス見込量の変化に応じたサービス提供体制の構築方針を示している事例」として評価されました(詳細は「第10期介護保険事業計画の作成に向けた研修会」の資料「本別町の挑戦:未来のまちづくりを支える介護の再構築」参照)。特養の立て直しを柱とした当初計画を見直すことで、約20億円のコスト削減が見込まれています。また、思い切った決断の背景には、町民参加型の会議を積み重ねた「町全体での意思決定」がありました。本別町はどのような課題を抱えており、なぜ町民参加型で今回の介護サービスの再構築につながったのか。グローバルヘルスコンサルティング・ジャパン(GHC)のコンサルティングに対する評価も含めて、本別町長の佐々木氏に聞きました(聞き手はGHC広報担当の島田昇)。


右から本別町保健福祉課長の長屋和幸氏、町長の佐々木氏、保健福祉課の門田浩史氏、湯原

本質変わらなければ方向転換はあり

――本別町の介護保険事業計画が優良事例として評価されています。人口5904人(2025年8月末時点)の本別町はどのような地域で、どのような課題があった中での計画だったのでしょうか。

 本別町はこれまで、「福祉で町作り」を宣言し、福祉に優しい町作りをしてきました。この20~30年で本別町の人口は減少し続けており、土地面積も広くなく、資源も少ない町なので、「町民がいかに幸福感を持って住み続けられるのか」を大切にしているからです。

インタビューに答える本別町長の佐々木氏

 人口減少の要因は、基幹産業である農業の効率化が進み、1戸あたりの規模拡大によって農家戸数が減少したことが一つ。また、就業者が多かった営林署など公共機関の出先機関、砂糖や乳製品の民間企業の事業縮小も大きく影響しました。

 こうした状況の中、町長就任一期目2021年当時は、介護保険事業計画の重要施策として「本別町特別養護老人ホーム」(特養)の建て替えを公約に掲げていました。ただ、今後は高齢化率が上がる一方、高齢者の人口は頭打ちになるため、介護老人保健施設「アメニティ本別」や在宅介護サービスなどを提供する事業者との間で要介護者の奪い合いが発生する可能性が高い。特養の建て替え費が約20億円という財源的な問題もあります。

 そのため、「公」だけではなく、「民」の介護事業所も含めた全体で改めて介護保険事業計画について見直すべきと考えました。そこで会議の出席者を無作為で町民から選出する手法を用いて、町民からのさまざまなご意見をお聞きした上で、特養の建て替えはせず、公民の介護事業所に特養の機能を移譲するという方向に方針転換したわけです(図表参照)。

特養の建て替えをせずに地域全体で要介護者を支える新たなプラットフォーム

――一度掲げた公約の変更は難しくなかったのでしょうか。

 それを望む町民の声がありましたから。別に公約をないがしろにしたわけではなく、重要なことは公約の本質的な部分にある「持続可能な形で介護が必要な町民を支える」はしっかりと守ります。ただ、それを実現するための方法はその時々の情勢によっても変化するでしょうし、新たな良い発想があれば、そこは柔軟な姿勢で検討すべきです。ですから、特養の建て替えという方法論にこだわりすぎるべきではありません。特養の建て替えは財政負担も重いですし、今後の特養入居の需要減少も重なり、若い町民へ負の財産を残す懸念も拭えません。ですから、本質的な部分が変わらない代替案さえしっかりと用意できるのであれば、方向転換は大いにすべきという考えです。

本別町特別養護老人ホームの外観

改革推進の原動力になった「仲間と何か仕掛けたい」

――町民参加型で物事を進めていくのは難しいのではないでしょうか。何か成功の秘訣があるのでしょうか。

 困難な事例として今まさに、意見がまとまっていないことがあります。特養を建て替えしないことについては町民の合意が得られました。ただ、それとセットで計画した温浴施設や福祉避難所の複合的ゾーンの新設(図表参照)については一旦、計画を白紙に戻しました。町民参加型の会議の場では、複合的ゾーンの新設で合意して計画段階まで進めました。しかし、日常的な政治活動をする中で、「そもそも複合的ゾーンは必要なのか」「新設するのは別の場所の方がいいのでは」「複合的ゾーンまでの移動手段をどうするのか」などの町民からの声を多くいただいたのです。

計画していた「複合的ゾーン」のイメージ

 やはり町民参加型の会議であっても、参加人数は限られています。重要なことは、その会議での意見を重視するあまり、他の町民の声に耳を傾けないことがあってはならないということです。ですから、会議で出た意見は一意見として吸い上げて計画はしっかりと作り、その計画を町民が見てどう思うのか、その計画の経費を町全体の予算に組み込んでどうなのか、それらを総合的に検討して最終的な判断をするのが行政トップの仕事です。

 ただ、ほかの首長からは「自分で計画を立ててそれを棚上げにするのは普通では信じられない」と言われます(笑)。

――あえて秘訣と言うのなら、周囲を巻き込んで物事を進めていく上でのバランス感覚でしょうか。

 役場で約40年務めてきましたが、さまざまな部門で改革を推進してきたという自負はあります(詳細は関連記事『本別町に育てられたリーダー。「スイッチ」をONにして、地域を次世代につなげていく。』参照)。広報課在籍時は、広報誌作成の外注化などを推進し、広報業務の効率化を実現。税務課では農家が自分たちで収支をしっかりと計算して税金を収める仕組みを導入するため、農協の方々と一緒に必要な計算方法を周知するため各地域を回りました。農林課では役場の別の課や農協と組み、データに基づいた効率的な農業を推進するため、GPS(Global Positioning System=全球測位システム)を活用した農業振興地域のマッピングシステムを構築しました。教育委員会へ出向した際は、北海道立本別高校の近藤浩文校長(当時)と「コミュニティスクール」を導入(詳細は関連記事『まちと学校と生徒と、三位一体で取り組む、本別高校コミュニティスクールへの道。近藤浩文校長の見据える未来。』参照)。地域全体で「探求」という答えのない課題について考える素地を作りました。

 さまざまな改革をする中でいつも思っていたのは、「一緒に働いている仲間たちとともに、何か仕掛けられないかな」ということです。それは自分の中だけで「あれをしたい」「これをしたい」ということがあるわけではなく、自分に与えられたその場その場での現状を見て、そこにある課題を仲間たちと「改善できるところは改善していきたいよね」と、一つの価値観にとらわれず、柔軟に、あれこれ考えて進めていくということです。役場と教育委員会でのさまざまな取り組みが、今の仕事を支える意識を醸成してきたのではないでしょうか。

――長年の本別町の行政経験が深い現状分析とそれに基づく意思決定を支えていると感じました。今回の方向転換に基づく介護保険事業計画が民意を得られたと感じた具体的なエピソードがあれば教えて下さい。

 2022年末の本件に関するGHCの調査結果を受けて、2023年4月頃の「本別町介護施設等検討ワーキンググループ」で「特養の建て替えは現実的ではない」という意見が大半を占めた時でしょうか。北海道内でトップクラスに高い介護保険料をさらにあげなければならなくなることや今後の要介護者の需要と供給のシミュレーションなどをデータで示し、代替案もしっかりと描けたことで理解を得ることができました。

 すでに特養入居者の受け入れ調整は、公民の介護事業者たちが集って調整を行う「総合ケア調整会議」で行っています。計画の大枠は固まったので、その後の詳細な設計や運用は現場や専門家に任せてあります。今回の会議出席者の一部を町民から無作為で選出するというやり方も現場の担当者からのアイデア(門田氏とつながりがある伊藤伸氏=デジタル庁参与、構想日本総括ディレクター=からの助言に基づく、伊藤氏の詳細はこちら)です。私は福祉分野に詳しいわけではないので、できる限り現場の意見や専門家からの助言を尊重して計画を進めていただいています。

総合ケア調整会議の様子

――当社のコンサルティングはいかがでしたか。

 しっかりと現状分析を行い、その上で課題の所在について分析してもらえたため、町長としての意思決定における大きな判断材料になったと思っています。「ほかの地域で成功した方法だから」と提案してくる方もいますが、そのスタイルは私が望むものではありません。なぜなら、課題はその地域ごとに異なることが多く、成功した方法であったとしても、それがどの地域でも成功するとは限らないからです。やはり最初のステップは、しっかりとした現状分析だと私は思います。

 我々は行政のことについては詳しいが、基本的には総合職なので、福祉分野を含めた専門分野の検討をするには、専門的な知識や経営に関するノウハウに不安な面もあります。やはりそういうところは積極的に外部の専門家を入れて、しっかりと専門家の知見に耳を傾け、その上で我々が判断する。精度の高い判断をするには、外部専門家の存在は重要です。

 また外部の専門家だからこそ、役場の職員や関係者へ言いづらいことを言ってもらえたことも大きい。言いづらいこともしっかりと伝えてもらい、その言葉に共鳴してくれる職員が一人でも出れば、その職員が大きな改善への突破口を開いてくれるということも大いにありえるからです。今後もGHCには今までのスタイルで関わっていただければと思っています。

――承知しました。本日はお忙しいところありがとうございました。


湯原 淳平 (ゆはら・じゅんぺい)

コンサルティング部門シニアマネジャー。看護師、保健師。神戸市看護大学卒業。聖路加国際病院看護師、衆議院議員秘書を経て、GHC入社。社会保障制度全般解説、看護必要度分析、病床戦略支援、地域包括ケア病棟・回リハ病棟運用支援などを得意とする。日本経済新聞や週刊ダイヤモンドなどメディアの取材協力も多数。総務省 経営・財務マネジメント強化事業アドバイザー。