お知らせ

2023.09.28

神奈川がん、経営とがん医療の質向上、契機は「実名で他病院データ比較」【CQI研究会改善事例紹介】

がん医療の均てん化を目指す「Cancer Quality Initiative(CQI)研究会」(代表世話人:望月泉=岩手県八幡平市病院事業管理者・岩手県立中央病院名誉院長)の第16回会合(『過去最高121病院が参加、第16回CQI研究会開催、がん医療均てん化の第一歩は「ベンチマーク分析」』参照)で、データ分析によるがん医療の改善事例が紹介されました。紹介したのは、国内最大級の前立腺全摘術の手術数を誇る神奈川県立がんセンターの事例。実名で自病院と他病院の診療プロセスを比較・検証できるCQI研究会独自のデータを生かすことで、経営の効率化と並行し、医療の質向上も実現できたことが報告されました。

事例紹介した岸田健氏(神奈川県立がんセンター副院長)

事例紹介した岸田健氏(神奈川県立がんセンター副院長)

全国200のがん診療連携拠点病院が集うCQI研究会

CQI研究会は、全国約200のがん診療連携拠点病院などが、自院のデータを持ち寄って集い、実名で比較分析することで、がん医療の質向上を目指す研究会です(CQI研究会の紹介ページはこちら)。がん医療の質向上を目指す有志病院(栃木県立がんセンター、千葉県がんセンター、神奈川県立がんセンター、愛知県がんセンター、四国がんセンター)が2007年に設立(後に岩手県立中央病院、九州がんセンターが加わり現在は7病院の代表者が世話人)。グローバルヘルスコンサルティング・ジャパン(GHC)が、DPCデータに基づく診療内容・実績の分析を担当しています。

2023年8月26日開催の第16回CQI研究会では、神奈川県立がんセンターの前立腺全摘術に関する経営および医療の質を向上した事例が、同センターの岸田健副院長(泌尿器科部長)から「CQI研究会ベンチマーク解析から導いた各種加算の課題解決」と題して紹介されました。

実名の強み生かし改善活動を推進

CQI研究会は、がん診療内容の分析ツール「CancerDashboard」をCQI研究会の会員に向けて無償で提供しています(「CancerDashboard」の詳細は動画「【【3分で分かる】がん診療分析ツール『CancerDashboard』のご紹介」)。岸田氏は、3年前の2020年から「CancerDashboard」を用いて、データ分析に基づく経営および医療の質向上に資する改善活動を行ってきました。

まず、データ分析の際に目を付けたのが、自病院と同じくらいの症例数があるにもかかわらず、自病院よりも一日単価が高い病院との比較です。

神奈川県立がんセンターの前立腺全摘術の症例数は、全国トップレベルの約150症例。全国平均が44件なので、全国平均の3倍という状況です。自病院と同規模の症例数がある病院のデータを実名で見ていくと、A病院(仮名)は自病院よりも一日単価が圧倒的に高いことが分かりました。

そこでA病院のデータを深掘りして分析すると、入院期間が極めて短く、各種加算・指導料もしっかりと算定しており、非常に効率的な医療を実践していることが分かりました。

このように経営改善の参考になる病院の診療状況を実名で知り、それを自病院の経営改善に生かせることは、CQI研究会に参加する病院の大きな強みの一つです。

「CancerDashboard」で加算算定最適化

神奈川県立がんセンターの平均在院日数は短く、平均を大きく下回る状況だったため、「CancerDashboard」を用いた各種加算・指導料の算定最適化を軸に改善活動を推進していきました。

まず、2020年度における「薬剤管理指導料」の算定状況を見ていくと、A病院はほぼすべての症例で算定しているにも関わらず、自病院ではほぼ算定できていませんでした。院内にその理由を確認したところ、当時は病棟薬剤師がおらず、薬剤師も足りていないので、算定要件の一つである病棟薬剤師の配置がクリアできない状況が分かりました。このことを踏まえて、2022年度までには病棟薬剤師を配置。まだ100%の算定率までには届かないものの、算定率を大幅に向上させることができました。

数千万円の改善につながる可能性も

地域連携パスの作成・運用を評価する「がん治療連携計画策定料」についても、A病院はほぼ100%算定している一方、同センターは当時、ほとんど算定できていませんでした。地域連携パスがあれば、地域で医療の役割分担を整備し、新患の増加にもつながります。そこで周辺医療機関に向けたパンフレット、医療機関間で連携した診療を行うための「診療連携手帳」などを作成して地域連携を推進。こちらも現時点では算定率を大幅に増やしています。

また、地域連携パスを導入すると、前立腺がんだけではなく、ほかの診療科の疾患の連携にもつながるので、地域連携パスの導入は経営および医療の質において極めて重要です。

そのほかにも「栄養指導料」「入退院支援加算」「入院時支援加算」についてもデータ分析に基づく改善活動を推進中で、いずれも経営および医療の質向上に大きく貢献する見込みです。特に入院患者の円滑な入退院を促す入退院支援加算については、「一診療科の話ではないので、病院全体としては数千万円の収益増減につながる」(岸田氏)としています。

加算最適化の体制作りこそ重要

加算・指導料等の算定最適化は、経営に大きなインパクトを与える一方、岸田氏は「ただ、これは収益だけの問題ではない。加算は厚生労働省が『このレベルで診療してもらいたい』と求める指標の一つ。特にがん診療連携拠点病院においては、加算算定の最適化が『適切なサービスを提供できる病院』であることを示す基準にもなる。さらには、加算算定の最適化を地域全体のがん診療を行う病院へ広めていくことにもつながる。大切なことは加算を取ることが目的ではなく、取れる体制を整えることが重要だ」と強調しました。

解説を担当したコンサルタント
水野 孝一(みずの・こういち)
kmizuno 大阪大学医学部保健学科放射線技術科学卒業。診療放射線技師、医療経営士、施設基準管理士。DPC分析、RIS分析、パス分析、病床戦略、地域連携などの分析を担当し、国立大学病院や公的病院を中心とした複数の改善プロジェクトに従事。入退院サポートセンター開設支援(PFM:Patient Flow Management)や病院職員の生産性向上に関する新規事業プロジェクトに参画している。病院ダッシュボードχ(カイ)症例SCOPE開発メンバー。若手コンサルタントの勉強会リーダーであり、その他CQI研究会の担当も務める。
解説を担当したコンサルタント
西田 俊彦(にしだ・としひこ)
tnishida 東京医科歯科大学医学部医学科卒。京都大学大学院医学系研究科社会健康医学系専攻・公衆衛生修士(MPH)、ジョンズホプキンス大学ケアリー経営大学院医療マネージメントコース(MSc)修了。小児科専門医、社会医学系指導医・専門医。神奈川県立こども医療センター、川口市立医療センター、東京医科歯科大学、東京女子医科大学、国立成育医療研究センター等を経てGHC入社。臨床経験を生かし、現場視点でのカイゼン提案を得意とする。2011年より医療の質向上に関する多施設共同研究の事務局を主導、全国40か所以上の周産期医療センターを訪問、診療データベースを基に施設毎にプロファイルを提供し、質改善活動を支援した経験をもつ。