事例紹介

2019年03月26日

【病院事例】「診療統合」なくして、「地域全体でひとつの病院」は成り立たない|魚沼基幹病院

病院名 魚沼基幹病院 設立母体 公立病院
エリア 甲信・北陸地方 病床数 454
病院名 魚沼基幹病院
設立母体 公立病院
エリア 甲信・北陸地方
病床数 454
コンサルティング期間 2年間

 国内ではまだ珍しい広範囲な病院再編・統合を行った新潟県の魚沼医療圏。日常生活圏域から三次医療圏までの地理的な連携範囲を「水平」、急性期から在宅までの機能の連携範囲を「垂直」とすると、魚沼医療圏はこの両方を一度に行う「水平・垂直連携」を試み、「地域全体でひとつの病院」を打ち出す一大プロジェクトを推進しています。

 この「地域全体でひとつの病院」の要となるのが、地域全体の急性期機能を集約させ、2015年6月に開院した魚沼基幹病院(454床:一般400、精神50、感染症4)です。

 病院大再編時代の訪れに伴い、「地域全体でひとつの病院」を目指す動きが各地で見受けられると予想されます。この魚沼医療圏の一大プロジェクトは、再編・統合の前後でどのような課題を抱え、乗り越えてきたのか――。超高齢社会における実験的な試みと言える魚沼基幹病院の開院から3年。PDCAサイクルによる改善活動に基づいた診療統合を軸に、「地域全体でひとつの病院」の理念を実現しつつある病院長の内山聖氏(写真中央下、左が副病院長の生越章氏、右が事務部長の橋口猛志氏。中央上が森本)が、その舞台裏を明かします(聞き手はGHCマネジャーの森本陽介)。

「何でも基幹病院」で混乱の2年間

――県立小出病院(383床)と県立六日町病院(199床)の急性期機能を、新設した魚沼基幹病院に集約することで、魚沼医療圏の「救命救急」「高度急性期医療」の機能を充実。一方で回復期と慢性期機能を小出病院と六日町病院などに残すことで、「地域全体でひとつの病院」を目指した機能分化が進みつつあります。ただ、病院再編・統合はこうした概要から読み取れるほど簡単なものではありません。今回のプロジェクトを振り返り、今の心境からお聞かせいただけますか。

内山氏:今回の病院再編・統合は、近隣の医療機関の役割を見直すというような小ぶりなものではありません。新潟県の5分の1の面積を占める魚沼医療圏全体という非常に広範囲かつ大規模なプロジェクトです。建物などのハードから、人などのソフトまで、ありとあらゆる資源を整備。しかも、急性期や回復期同士の役割分担などという限定的なものではなく、急性期医療から在宅までを巻き込んだ「水平・垂直連携」です。

内山病院長

 現在、この一大プロジェクトにおいて、ようやく小川のような患者の流れができてきましたが、まだまだ魚沼医療圏全体で大きな川の流れのような患者の流れは実現できていないと考えています。ただ、「患者サポートセンター」の入退院支援(PFM:Patient Flow Management)の機能強化なども始まったので、これから連携をさらに強化するためのスタートラインに立てたと考えています。

――「地域全体でひとつの病院」に、スムーズな患者の流れは欠かせません。開院から1年目、2年目はそれがなかなかうまくいかず、特に救急の部分で患者受け入れに苦戦したと聞いております。まず、この最初の2年間にフォーカスして振り返っていただけますでしょうか。

生越氏:専門の整形外科は最初から患者が一番多いと試算しており、実際その通りでした。特に、外来に関しては周辺に整形外科の開業医がほとんどいらっしゃらない状況なので、新患が30人以上来るというような日も少なくありませんでした。そのような状況に加えて、救急車の受け入れを断らないという原則でしたが、麻酔科医も手術室の看護師も全く足りず、最初の2年間は一部の患者さんの受入をお断りせざるを得ない状況がありました。

生越副院長

 振り返ってみると、地域全体が「何でもかんでも基幹病院」というようなことが多かったですし、それを制御する場所もルールもありませんでした。

内山氏:地域のルール作りは重要です。医療を受ける住民との対話も必要ですが、対医療機関や対医師会との対話はもっと必要。その辺が足りなかったことが、最初の2年間の苦戦の主因ではないかと考えています。

――その辺はどうしても行政主導になりがちで、現場が手をこまねく部分ではあると思います。一方で、行政サイドとしても組織や制度の中でプロジェクトを推進せざるを得ない部分があり、こちらも限界があります。こうした問題は全国共通のものと思いますが、計画が走りだす段階でのしっかりとしたルール作りと需要予測が重要であるという学びがあると感じています。

内山氏:「チーム医療」という言葉の通り、医療はチームなくして成り立ちません。それがいきなり開院の6月1日に「初めまして」という状況でした(笑)。そういう状況の中で、例えば大学病院と同じレベルの手術をやろうとする整形外科の生越先生がいる一方で、手術用の医療機器を見たこともない看護師がいたりするわけです。

診療統合推進した他職種チーム

――続いて統合後の院内組織の課題についてお伺いさせてください。医療は設備や人をそろえれば成立するような「箱物」ではなく、しっかりと診療統合しなければ成立しないということの証左かと思います。生越先生はその状況をどう見ていましたか。

生越氏:まさに「ふたを開けるまで分からない」という状況でしたので、開院当初から相当の危機感を感じていました。一方で幸いだったのは、現場の医療従事者や事務の方々のやる気です。現場は相当混乱していたものの、そこで働く人たちからの泣きごとみたいなことはほとんどありませんでした。

 手術も経験者が集まってきてくれて、当初に感じた危機感からするとかなりこなすことはできました。ただ、件数をそれなりにこなせても、現実は高度救急を受け入れたり、高度な医療で難しいがんの手術などもやったりするとなると、手術室の需給バランスが崩れてしまいます。これまで魚沼医療圏で扱えず、ほかの医療圏に流れていた高度な救急外傷やがん患者がそのまま戻ってきたためです。

 こうした高度な医療を行う際に、経験も文化も異なる医療従事者や事務が、毎日、行き当たりばったりで対応し続けるという状況が続いていました。

――集まった人たちの診療が本当にバラバラの中で、ある日病院がスタートアップする――。こうした状況の中で、まさにこの診療の部分でGHCがご支援に入らせていただき、その半年後に橋口氏が就任されました。当時を振り返っていかがでしょうか。

橋口氏:現場の調整不足を軽減する仕組みがない中で、まずは経営会議や運営会議での「メッセージの出し方を変えたい」ということがありました。現場を改善するために、やりたいことや困ったことがあったら、「何でもいいので相談にきてもらいたい」というスタンスからスタートしました。すると徐々にですが、診療部の医師たちからも相談されるようになり、結果として院内の診療上の課題が集約されてきました。

橋口事務部長

 我々のような事務職は、院内のハブ機能を果たせるか否かが重要ですし、それがやりがいでもあります。正直、さまざまな提案があっても、それらを全部走らせることはできませんよね。ただ、ポジティブな提案を受け止められる能力が、マネジメントには欠かせないと思っています。医療職として診療や医療現場への興味にとどまらず、「もっと病院を良くしたい」という思いを持った医療職は必ずいますから。

内山氏:開院後から蓄積した問題を解決するために、GHC森本さんと事務部長が診療統合のテーマごとに他職種でのチームを設置した院長直轄の経営戦略ミーティングをスタートさせ、そこでしっかりとPDCAを回し始め、徐々にグレードアップしています(図表)。ここが診療統合を推進する上での司令塔となっています。そこでの思いを持った医療職や事務職のリソース活用が、少しずつですが軌道に乗りつつあると見ています。

事務部ではなく「診療支援部」へ

――「思いを持った職員」から成る他職種チームは、主に地元出身者を中心に編成されています。

生越氏:私も地元出身者ですが、やはり「ここでずっとやっていく」という覚悟がある人と、そうではない人とでは、仕事への取り組みの姿勢に差が出ることは当然かと思います。

内山氏:その通りだと思います。そのことと似た話として、コンサルタントの森本さんにこんなことを言うと誤解されるかもしれませんが、実は私はコンサルタントが苦手です(笑)。あるコンサルタントの仕事ぶりを見る機会があり、その仕事から導き出された提案が、あまりにも他人ごとで、驚きを通り越して呆れ果てた経験があるからです。

 ですが、同じコンサルタントでも、森本さんに最初に会ったとき、この病院の立ち位置だとか、地域の問題や課題などについて、しっかりと考え抜かれた上で、それらをすべて腑に落ちる数字まで落とし込んだ提案をしてくれました。やはり医師はもともと理系なので、理にかなった数字が出てくると、「これならやってみよう」と思えます。それはただの数字ではなく、しっかりと自分ごとで考え抜かれた上での数字だからです。

――医療職だけではなく、事務職の思いが強いことも強みの一つだと感じています。重症度、医療・看護必要度に関する業務の整理では、診療統合による重症患者割合の上昇に伴い、7対1入院基本料(現在の急性期一般入院基本料1)の算定で年間2億円の増収という副次的な効果もありました(図表)。このとりまとめにある事務職員が活躍しましたが、将来的な事務部門像などがあれば教えてください。

橋口氏:やはり何かあったら医師や看護師のところに飛んで行ける事務職員たちから成る、従来の事務部ではない「診療支援部」のような組織にしていきたいですね。診療機能ごとに担当がいて、それらが組織化されていて、現場と関係なく机上でやる仕事はなるべく少なく、というようなイメージです。例えば、医師や看護師がやりたいことを、経営の視点を踏まえて形にするエンジニアのようなことができれば、医療職はとても働きやすいですよね。

Face to Faceに勝るものなし

――「地域全体でひとつの病院」を目指すとなると、「対地域」の在り方も重要です。最後にその当たりのお考えを教えていただけますか。

橋口氏:地元医師会の飲み会に毎月行っていますが、地域医療へのスタンスが分かり易く伝わるのは、やはりそういうベーシックなところだと思っています。診療科毎に毎月声をかけているのですが、診療科によっては、当直以外の医師が全員出てきてくれるようなこともあります。「うちは地域のことを大事にする病院です」という点が当院の存在意義ですが、それを明確なメッセージとして内外に伝える機会が不足していたと感じています。逆にそれが基本にあれば、さまざまなことは後から付いてくるのではないでしょうか。

内山氏:最後はFace to Faceの重要性ですよね。住民説明会も何回も顔を出していますが、それがきっかけで本当に住民と打ち解けて話ができるきっかけになります。地域の医療機関や医師会も同じだと思っています。

――地域医療の本質だと思います。本日はありがとうございました。